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東京高等裁判所 昭和35年(ネ)789号 判決 1961年1月31日

控訴人 株式会社日光

被控訴人 佐藤勇 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人勇は控訴人に対し別紙目録記載の建物の内、添付図面表示の一階二三号室及び二四号室計二四坪の明渡をせよ。被控訴人敏雄は控訴人に対し前項記載の建物の内、添付図面表示の二階五号室六坪の明渡をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人らは控訴棄却の判決を求めた。

控訴代理人は請求原因として、

「別紙目録記載の建物は元訴外杉山市三郎の所有に属したが控訴人は昭和三〇年一二月三一日杉山に対し金一一八万五七〇〇円を弁済期同三一年一月二三日利息及び損害金月七分と定めて貸渡すと共に杉山において右債務を期限に弁済しないときは代物弁済により右建物の所有権を控訴人に移転すべき旨の代物弁済の予約をなし、同月七日右予約に基く所有権移転請求権保全の仮登記を経た。しかるに杉山は弁済期までに右債務の弁済をしないので、控訴人は再三右債務の弁済を催告した上昭和三一年八月二〇日代物弁済による所有権取得の本登記をした。もつとも、右の催告においては、代物弁済の予約完結の意思表示が明確でなかつたので、控訴人は同年一〇月三日右杉山に到達の書面で、同月六日までに債務の弁済をしないときは、代物弁済により、右建物の所有権を取得する旨予約完結の意思表示をしたが、杉山は右催告期間内に弁済をしなかつたので同月六日の経過と共に控訴人は右建物の所有権を取得した。

しかるところ、被控訴人らは何らの権原なく右建物の内控訴の趣旨記載の各建物部分を占有しているので、被控訴人らに対し、所有権に基き各占有部分の明渡を求める。」と述べ、被控訴人らの抗弁に対し、

「被控訴人ら主張のように、訴外株式会社三恵が杉山から右建物を賃借し、被控訴人らがその各占有部分をそれぞれ同会社から転借したことは認めるけれども、株式会社三恵が賃料前払をしていたとの点は不知、仮りに賃料前払の事実があつたとしても、これをもつて控訴人に対抗できないものである。しかるところ、控訴人は昭和三四年六月九日右会社に到達の書面で、書面到達の日から三日内に昭和三一年一〇月七日から二年九ケ月間の一月一五、〇〇〇円の割合による賃料の支払を求めると共に右期間内にその支払のないときは賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。しかるに同会社は右催告期間内にその支払をしなかつたので、右期間の経過と共に控訴人と右会社との間の賃貸借は解除された。よつて、被控訴人らはその転借権を控訴人に対し主張し得ないものである。」と述べた。

被控訴人らは答弁及び抗弁として、

「控訴人主張の事実中被控訴人らが控訴人主張の各建物部分をそれぞれ占有していることは認めるが、右建物が控訴人の所有に属することは否認する。右建物は訴外杉山市三郎から控訴人名義に所有権移転登記されているけれども、杉山は控訴人にその所有権を移転したことはなく、右建物は依然杉山の所有に属する。仮りに控訴人がその主張の経過で杉山から右建物の所有権を取得したとしても、被控訴人らは次に述べるように控訴人に対抗し得る転借権に基き各建物部分を占有するから、これを明渡す義務はない。

すなわち、訴外杉山は昭和二九年一一月、右建物の内階下南西角約一五坪の部分のみを除くその余の全部(本件係争部分を含む)を株式会社三恵に対し、期間同月一日から満七年、賃料一月一五、〇〇〇円、期間中前払ずみ、かつ転貸をなし得る特約の下に賃貸し、被控訴人らはその後間もなくそれぞれの占有部分を右会社から転借したものである。従つて控訴人がその主張のように杉山から右建物の所有権を取得したとすれば、控訴人は当然に前記内容を有する株式会社三恵との賃貸借を承継したものである。よつて賃料不払を理由に賃貸借の解除をなし得ないこと明らかであり、これを前提とする控訴人の請求は理由がない。」と述べた。

証拠関係は、控訴代理人において、原審提出の甲第六号証を同号証の一、二として提出し、新たな証拠として甲第八号証を提出し、乙第一号証の成立を認めると述べたほか、原判決の証拠関係の記載のとおりであるからここにこれを引用する。

理由

訴外杉山市三郎がもと本件建物を所有していたことは当事者間に争がなく、成立に争ない甲第七号証の四、五及び公文書として真正に成立したものと推定される甲第八号証(和解調書正本)の記載によると、控訴人はその主張のとおり昭和三一年一〇月六日の経過と共に右杉山から代物弁済によつて本件建物の所有権を取得したことを認めることができる。

一方これより先昭和二九年一一月中株式会社三恵が、右建物の内被控訴人ら主張の階下約十五坪の部分を除くその余の全部(本件係争部分を含む)を、当時の所有者杉山から期間同月一日から満七年、賃料一月一五、〇〇〇円とし、転貸をなし得る約定で賃借し、その後程なく被控訴人らが控訴人の主張するそれぞれの占有部分を前記会社から転借して占有するに至つたことは当事者間に争がない。そして、成立に争のない乙第一号証及び原審証人杉山市三郎の証言によれば、株式会社三恵は前記賃借当時目的建物の引渡を受けたものであり、かつ、昭和三六年一〇月末日までの賃貸借期間中の賃料をすべて杉山に前払していることを認めることができる。

してみれば前記内容を有する杉山と株式会社三恵との間の賃貸借は、借家法第一条第一項により、前記建物引渡後にその所有権を取得した控訴人においてそのまま承継したものといわなければならない。

しかして前認定の賃料前払の点も、賃貸借の内容をなすものとして控訴人に対し効力を生じたものというべきである。控訴人は賃料前払の点は、新取得者たる控訴人に承継される範囲に属しないと主張する。確かに本件のように建物の占有に対抗力が与えられている場合、新取得者は承継すべき賃貸借の内容を適確に予知することは困難であり、殊に賃料前払の事実の如きはその予測をこえるものであることが多く、これをも承継すべきものとすることは新取得者の保護に欠ける嫌がない訳ではない。しかし一方、賃料の前払を新取得者に対抗できないと解するときは、借家人は二重の賃料の支払を強いられ、本件においてそうであるようにこれを肯んじないときは契約を解除されることとなるのであつて、かように解するのは借家人の保護を全うする所以でないといわねばならない。借家法第一条の法意は、賃貸借の内容とみられる限り広く前所有者と借家人との間の特約も新取得者において承継すべきものとして借家人を保護する趣旨と解すべく、賃料前払の事実も賃貸借の内容として新取得者に対抗し得る範囲に属するものとみるのが相当であり、これによつて新取得者の蒙ることあるべき損害については、前所有者との間で借家法第一条第二項により準用される民法第五六六条第一項の類推等により解決すべきものと考えるのが相当である。

そうだとすれば、控訴人が株式会社三恵に対して催告した賃料債務は控訴人に対する関係においても既に支払ずみであるといわなければならないから、その不履行を前提とする控訴人主張の契約解除はその効力を生ずるに由なく、控訴人と前記会社間の賃貸借は依然存続し、被控訴人らは控訴人主張の本件各建物部分を適法に右会社から転借して占有しているものといわなければならない。

よつて、被控訴人らに対し右建物部分の明渡を求める控訴人の請求を棄却した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 谷本仙一郎 関重夫 安岡満彦)

物件目録

東京都江東区深川洲崎弁天町二丁目一二番地

家屋番号 同町一二番九

一、鉄筋コンクリート造陸屋根一部木造亜鉛メツキ鋼板葺

二階建店舗兼居宅 一棟

建坪 六九坪六合四勺

二階 六三坪六合四勺

屋階 三坪九合三勺

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